「体を本当に良くするために、通ってください」
もし言えていないなら、この記事を読んでほしいと思います。僕自身、この言葉が言えなかったせいで、開業初年度に経営危機寸前まで追い込まれた経験があるからです。
初月6万円からのスタート
2014年、千葉県館山市で治療院を開業しました。
前職は10年間、Jリーグのプロトレーナー。鍼灸・あん摩マッサージ指圧の国家資格もあります。技術への自信はありました。でも経営は完全に未知の世界でした。
正式オープンの2月14日は、館山では珍しい大雪で予約はゼロ。
午後に飛び込みで来てくれた一人の患者さんが、その日のすべてでした。
来てくれた患者さんは「楽になった」と笑顔で帰ってくれる。技術者としての手応えはある。でも、パソコンに入力する売上の数字は、その手応えとはまるで釣り合わない。
「今日も○人来てくれた、喜んでもらえた。でも、売上は…これだけか」
その小さな違和感が積み重なっていきました。
7月の47万円が、10月には30万円を切った
人脈ゼロからのスタートだったので、「とにかく人に会いまくる」作戦で動きました。サッカー関係者を訪ね歩き、経営者の朝活に参加し、異業種交流会に顔を出し、FacebookでコメントをくれればそのままJ会いに行く。スケジュールは、治療院の予約ではなく、人と会う約束で埋まっていきました。
その泥臭い努力の結果、2月から7月にかけて売上は右肩上がり。7月には月商47万円に到達しました。「このまま損益分岐点を超えられる」と感じていました。
ところが、8月から売上が下がり始めます。
8月「まあ、お盆があったしな」
9月「地域で一番大きな祭りの月だからな」
10月「…もう言い訳のしようがない」
10月、月商が30万円を切りました。そして、通帳の残高が100万円を切ったことに気づいた時、震える手で父親に電話をかけました。
11月16日、兄からの一言
父のアドバイスで支出を削減し、なんとか出血は止めた。でも売上が上向く気配はない。そのまま1ヶ月が過ぎた11月16日の日曜日。
突然、兄から電話がありました。「海が見たいから、今からそっちに行くわ」。
その夜、夕飯を食べながら経営の話になりました。僕はひとしきり言い訳を並べました。
「経営経験が少ないからさ」
「やっぱり田舎は市場が小さいんだよ」
「ちゃんとセルフケアを教えてるから、みんなすぐ良くなっちゃうんだよ」
「不況だから仕方ないよ」
一通り聞き終えた兄は、静かにまっすぐ僕の目を見て、こう言いました。
「お前さ、患者さんに『通ってください』って言ってる?」
たった一言。でも、何も言い返せませんでした。図星でした。
「お金のブロック」という、厄介な思い込み
なぜ言えなかったのか。後から整理してみると、明確な理由がありました。
Jリーグのトレーナー時代は、クラブチームと契約しているので、選手から直接お金をいただくことがなかった。選手は言わなくても勝手にケアを受けに来る。その経験しかなかった僕は、「患者さんに通ってくださいと言うのは、お金のためにやっている卑しいことだ」と、無意識に感じていたのです。
これが、経営者としての僕の頭を縛り付けていた「お金のブロック」でした。
兄は続けました。
「治療家は、患者さんを治すのが仕事だろ。本当に治すためには、継続した治療が必要なんだよ。だから、患者さんは通った方が良くなるに決まってる」
その言葉で、ようやく気づきました。「通ってください」は、お金のための言葉じゃない。患者さんの体を本当に良くするための、治療家としての責任ある提案なのだと。
翌日から、全員に伝えた
翌朝、治療院のドアを開けるのが少し怖かった。ちゃんと言えるだろうか。
最初の患者さんの施術が終わり、お見送りの時が来ました。心臓が口から飛び出しそうになりながら、こう切り出しました。
「あの…体を本気で良くするためには、継続した治療が必要です。なので、週に一回、通ってください」
すると、その患者さんは、ぱあっと顔を明るくして言いました。
「そうですよね!分かりました!回数券、買います!」
喜んで…る?
頭をガツンと殴られたような衝撃でした。僕が「卑しいことだ」と思い込んでいた提案は、患者さんにとっては「プロからの、責任ある提案」として、すんなり受け入れられるものだったのです。その日から、来た患者さん全員に伝え続けました。
11月は4ヶ月ぶりに前月を上回り、12月には10月比で3倍近い売上を記録。経営危機を脱しました。
「通ってください」が言えない理由は、3つあります
あれから12年。同じような悩みを抱える治療家の方と話してきた経験から、言えない理由は大きく3つに整理できます。
一番多いのがこれです。でも、患者さんの立場からすれば、プロに「通った方がいい」と言われることは、むしろ安心感につながります。言わないことの方が、プロとして無責任です。
断られることへの恐怖が、言葉を止めます。ただ、実際に言ってみると、断る患者さんはほとんどいません。「今は難しいけど、できる時に来ます」という方がいたとしても、それはその方の事情であって、あなたの提案が間違っていたわけではありません。
「本当に通う価値があるのか」と自信が持てないと、言葉に力が入りません。「この患者さんは通った方が良くなる」という確信さえあれば、言葉は自然と出てきます。
今日から使えるひとこと
難しいことは何もありません。施術の終わりに、一言加えるだけです。
「体を本当に良くするためには、継続した治療が大切です。週に○回、通ってみてください」
最初はドキドキするはずです。僕もそうでした。でも、患者さんの反応を一度見れば、その怖さはなくなります。
「通ってください」という言葉は、お金の話ではありません。あなたが、患者さんの体に責任を持っている、ということの表れです。
今日から、言ってみてください。

