この町で生きていくと決めた日|ゆかりのない町でひとり鍼灸院を続ける覚悟ができた瞬間

この町で生きていくと決めた日|ゆかりのない町でひとり鍼灸院を続ける覚悟ができた瞬間
はじめに|開業地で迷っているひとり治療家へ
開業地、決められていますか?
「地元でやるべきか」
「都市部に出るべきか」
「妻の地元でいいのか」
「もっといい町があるかもしれない」
迷い続けている治療家は多いです。
僕もその一人でした。
合同会社e-life代表の矢上真吾です。
鍼灸師歴24年、千葉県館山市で鍼灸整体院を運営しています。
館山は妻の地元で、自分にとってはゆかりのない町です。
そんな僕が、ある日「この町で生きていく」と決めました。
きっかけは、人々の何気ない一言でした。
今日はその話をします。
1. 「地元」と呼べる街がなかった人生

僕のルーツは、鹿児島県の沖永良部島という離島です。
両親がそこの島で生まれ育ち、上京して埼玉県で結婚し、僕が生まれました。
僕自身は埼玉育ちです。
ただ、うちの両親は本当に引っ越しが多かった。
趣味が引っ越し、と言えるくらいでした。
引っ越しの記憶
- 保育園→小学校のタイミングで一度家を買う
- それを6年弱で売り払う
- 小6の12月から高1の6月まで別の町
- 同じ市内の別の家に高1から19歳まで
- 別の隣町へ引っ越し
- そこから一人暮らし開始、山梨へ
- 山梨でも引っ越し
何年かに1回、引っ越しのある人生でした。
よそ者の感覚
引っ越しが当たり前だった子供にとって、「地元」という感覚はありません。
どこに行ってもよそ者。
「自分は地のものじゃない」「地の人間ではない」という感覚がずっとありました。
身についたのは、場当たり的な社交性。
苦手なのは、より深い関係を作ること。
浅く広くは得意だけど、深く長くは苦手。
そういう人間のまま、大人になりました。
2. 山梨で味わった「県内/県外」の壁

館山に移る前は、山梨県・甲府に住んでいました。
山梨は盆地の風土があるからか、よその空気が入りにくい地域です。
Jリーグの現場で初めて聞かれた質問
Jリーグのトレーナーとして初めて現場に入った時、こう聞かれました。
「矢上トレーナーは県内の人ですか? 県外の人ですか? 市内の人ですか? 市外の人ですか?」
最初は意味が分からなかったんです。
山梨県内の人なのか、甲府市内の人なのか。
そこで、一旦バリアが張られる。
「埼玉出身です」と答えた瞬間、「あ、そうなんですね」と一歩引かれる。
外からのものに対して、一旦壁を作る文化があったんです。
山梨のいいところは「受け入れたあと」
ただ、山梨のいいところは別にあります。
受け入れてくれたあとは、家族みたいになってくれる。
これは本当にありがたかった。
でも、最初は毎回ショックを受けていました。
「また壁を超える必要があるのか」と。
3. 館山に来て、覚悟はなかった
妻が「実家に帰りたい」と言って、千葉県館山市に帰ってきました。
「今日からここに住むのか」と思って、最初は覚悟はなかったんです。
住むとは思っていました。
でも「ずっとここで住もう」とは思えていなかった。
山梨と同じ田舎なので、また「県内ですか? 市外ですか?」みたいな反応が来るのだろうな、と覚悟して来ました。
それが、180度違ったんです。
4. 出会う人々の何気ない一言が、覚悟を決めた

引っ越してきて、いろんな人に会いに行きました。
すると、人々の反応がすごく良かった。
言われた言葉
- 「よく来てくれたね」
- 「こんな田舎のところによく来てくれた」
- 「この町もちょっと賑やかになるね」
出会う人、出会う人、ほとんどがそういう反応をしてくれました。
お世辞だったかもしれません。
本心ではなかったかもしれません。
でも、自分にとってはそれがとてつもなく大きなことでした。
嬉しくて嬉しくて、一気にこの町が好きになりました。
なぜこんなに違ったのか
もしかしたら、海がある開放感のある土地柄なのかもしれません。
館山には海があります。
平らで、空が広くて、解放感がある。
そういう土地に住む人の人柄が、自然と外を歓迎する感じになっているのかもしれない。
理由は分かりません。
ただ事実として、館山の人たちは僕を歓迎してくれました。
決意した瞬間
「ここの人たちに、自分が持ってやってきた経験・知識を還元しよう」
「自分はそのために、今まで頑張ってきたんだな」
そう思えるくらいの反応だったんです。
今思えば、なんてお調子者なんだ、という感じです。
でも、人々の何気ない反応で、自分は「この町で生きていく」と決めました。
覚悟は理屈じゃなく、誰かの一言で決まることがあります。
5. 決めたからには、人口減も折り込み済みで設計する
決意した、と言っても現実があります。
この町の人口はこれから減っていく。
高齢化はすでに進んでいる。
それは分かりきっていました。
鍼灸院だけの収入では怖い
館山のような町で、鍼灸院だけの収入でいるとちょっと怖い。
だから複数収入を常に考えて、活動してきました。
書籍、デジタルコンテンツ、コンサル、メルマガ、AIサービス。
すべて「館山で鍼灸を続ける」ことを軸に、それを支える収益柱を組んでいます。
経営だけ考えるなら、人口が多い町の方が強い
正直に言うと、鍼灸院経営だけで考えれば、人口が多いところ・若い世帯が多いところの方が商圏として強くて、やりやすいです。
ライバルがいたとしても、ひとり治療院なら自分の患者を確保するだけで十分。
そういう意味で言うと、人口が増えている町を探して開くのが普通の戦略です。
でも、鍼灸は地域ビジネスのインフラ
僕の考えは少し違います。
鍼灸は地域ビジネスのインフラとしてあるべきだと思っているんです。
ひとり、どこにいても鍼灸があって、それで生活できる。
そんな世界を作りたい。
だから、生まれ育ったところでもいい。
自分にとってゆかりのない、妻の地元でもいい。
「この町で生きていきたい」と思えたら、それで充分です。
その覚悟が、ある日に決まりました。
6. どの町にもシミュレーションがある
日本全体のトレンドとしては、人口は減っていきます。
これは動かない事実です。
ただ、外れ値の町もある。
地方都市の中にも、人口が増えている町はあります。
その町・そのシチュエーションでやるべきこと、想定されるシミュレーションは違う。
ここをよく見極めながらやっていくことが大事です。
あなたの町は、どんな町ですか?
開業地を考える時、僕がオススメしたい問いはこれです。
- 10年後もここに住んでいる自分を想像できるか?
- 健康を崩した時に支えてくれる人が、そこにいるか?
- 稼げなくなった時にも、いていい場所か?
3つすべて「Yes」と答えられる町なら、そこに根を張っていいと思います。
まとめ|場所を決めることが、生き方を決めること

今日は思い出話のようになりましたが、自分が「この町で生きていく」と決めた日の話をしました。
「地のもの」じゃなくていい。
ゆかりがなくてもいい。
人々の何気ない反応一つで、覚悟は決まることがあります。
決まったら、人口減も含めて折り込み済みで、その町でどう生きていくかを設計する。
ひとり、どこにいても鍼灸があって、それで生活できる。
自立できる。
そういうものを、みんなで作っていきたいなと思っています。
あなたの「その町」が見つかることを、願っています。
■矢上真吾について
鍼灸師歴24年/合同会社e-life代表/和からだみなおし処 院長/著書2冊
千葉県館山市で鍼灸整体院を運営
ひとり治療家のAI自立化サポートを本気でやっています。
■関連記事
- 人口が減り続ける町で一人鍼灸院を続けるためのインフラ経営戦略
- 一人治療家は技術があっても食えない時代をAI自立化で抜け出す
- 12年で年170万円削減した守りの経営
■関連リンク
- 本日のPodcastエピソード(Spotify):https://open.spotify.com/episode/1PGF5vBRVQJEhhlhpucfBV
- 公式サイト:https://www.e-life.work/

